シアトル1999

この1999年11月30日こそ2001年9月11日以上に大切な記念日なのである。シアトルのWTO閣僚会議初日に10万人の反グローバリズム運動デモが起こったのだ。
かのシアトルでのこと、中産階級のモラトリアムでエコロジーグランジ(メンタリティー)と労働者階級森林組合新左翼パンクスとは、これまでの社会運動系の各論闘争ではいがみ合っていたのだ。例えば森林保護や産業誘致の問題に関して、現実にはエコロジーと雇用問題は多くが対立するのだ。しかし1999年の反WTO闘争では、消費者運動家のラルフ・ネーダーが早くから各NGO組織を連携、元デッド・ケネディーズのジェロ・ビアフラがグランジとパンクスを取り持たせたのだった。結果、アメリカのクラス系アナーキスト集団ブラック・ブロックやゲイ・ビアン系セクシャルマイノリティー、環境・人権保護団体の活動家、チベット解放運動の支援者にメキシコのサパティスタ民族解放軍支援者、はては共和党の青年組織までもが加わった大同団結が起こった。勿論全世界からNGOや個人が集まり平和的な抗議が行われた。
シアトルでグローバリズムと言えば、スタバとナイキ。今では文化侵略と児童就労問題で第三世界搾取が暴露された企業だ。あとその他代表的なマクドナルドがこの時はじめて反グローバリズム運動の渦中に曝され、急先鋒アナキスト達に店舗を壊されている。
シアトル市警はゴム弾と催涙ガスで応戦し逮捕者も出したという。しかし結果「街頭におけるNGOの声は尊重されねばならない」と当時の大統領クリントンに言わしめ、非常事態宣言下でWTO会議は破綻、密室での取り決めは不成立となった。
http://hotwired.goo.ne.jp/news/news/Culture/story/3418.html
http://www.seattlewto.org/
以後、この連帯が2000年の大統領選におけるラルフ・ネーダーの躍進につながり、ゴアとブッシュの泥試合を用意したことも付け加えよう。
1999年のシアトル暴動こそ、反グローバリズムの基点である。柄谷行人がいう近代の三位一体の構造「国家」-「資本」-「国民」が、WTOを中心とする世界秩序に変容した新自由主義ネオコンサバティブ)時代、実生活する僕ら一般人の生きる一つの指標であると言える。嫌韓嫌中反米などと「国家」-「資本」-「国民」時代の古いフレームで物を見るのはもうよした方がいい。